めかりる

カエル、変える、買える、帰る、考える

「四六時中」と「一部始終」其之二:一部が全部?

「四六時中」と「一部始終」シリーズの後編、の予定だったけれども、中編。

前編はこちら。

今回は、「一部始終」を「一部」と「始終」に分けた「一部」の方。

のふりをした、インターネット上の語源と用例リソースへのリンク。

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一部始終

「一部始終」の意味と語源

goo辞書

goo辞書 の、国語辞書の出典は、デジタル大辞泉(小学館)。例文のタブでは、青空文庫 内の用例を検索してくれる優れもの。また、複数の辞書の横断検索もあり、たとえば、この「一部始終」の場合、新明解 四字熟語辞典(三省堂)の項目も検索結果に表示される。

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いちぶ‐しじゅう【一部始終】
1. 《2が原義》成り行きの初めから終わりまで。顛末(てんまつ)。一伍一什(いちごいちじゅう)。「―を詳しく話す」
2. 書物の初めから終わりまで全部。
「学問すべしと言へばとて―を心得渡し」〈一言芳談〉
出典:デジタル大辞泉

いちぶしじゅう【一部始終】の意味 - goo国語辞書

いちぶ-しじゅう【一部始終】
一部始終 意味
始めから終わりまで。物事の最初から最後までの詳しい事情すべて。もとは一部の書物の最初から最後までの意。
一部始終 句例
◎事件の一部始終◎一部始終を話す
一部始終 用例
間崎はこの一部始終を眺めて驚きもし、羨うらやましくも思った。<石坂洋次郎・若い人>
一部始終 類義語
一伍一什いちごいちじゅう
出典:新明解四字熟語辞典

一部始終の意味 - 四字熟語一覧 - goo辞書

「一部」が「全部」になるまで

これまでのとおり、「一部始終」は、「書物の初めから終わりまで全部」を意味する。

「一部」は、「全部」の対義語でもあり、「書物や新聞などのひとまとまり、ひとそろい。また、書物の一冊」でもある。後者では、「一部始終」の意味が「始めから終わりまで」であるため、書物の一部分ではなく、書物全体、書物の全部分を指すことになる。

「全部」の対義語としての「一部」は、ご承知のとおり、one of them のことで、このエントリーでは、取りあげない。

いち‐ぶ【一部】
1. 全体の中のある部分。一部分。「―の反対派」「長編を―割愛する」⇔全部。
2. 書物や新聞などのひとまとまり、ひとそろい。また、書物の一冊。
3. 高校・大学などで、夜間部を指す二部に対して昼間部のこと。
出典:デジタル大辞泉

いちぶ【一部】の意味 - goo国語辞書

2 つの意味の「一部」の差異はなにか。これは、視点を変えることで成立する。結論からいえば、「一部」を名詞とするか、「部」を書物や物事の助数詞とするかの差異である。

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助数詞の「部」

数詞・助数詞の読み方 総目次(音訳の部屋)

数詞、助数詞の読みの扱いをメインにしているサイト。参考文献にも、信頼に足るものが並んでいる。

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部 | ぶ | 漢 | 区分けした部分を数える「二部構成」など 書籍やひとまとまりの文書「書籍1000部」

数詞・助数詞の読み方 なは行(音訳の部屋)
K'sBookshelf 辞典・用語 漢字林

『漢語林』(大修館書店)や『新字源』(角川書店)、『漢辞海』(三省堂)に代表される漢和辞典は、ウェブ上のリソースがない。 漢字林 は、『漢字源』(学研) や中国の「漢典」というサイト(後述)を参考にしている。

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信頼性のあるウェブ上の漢和検索リソースがないということは、有象無象の原因でもある。その中では、この『漢字林』が抜群。

【部】邑3+8=総画数11 U+90E8
1. 全体を構成する小さな集合体や組織②区分けたものの一つ
2. 書物を数える単位

K'sBookshelf 辞典・用語 漢字林 邑部
漢典

漢典 は、台湾教育部編の『国語辞典』のほか、部首の概念を初めて用いた『説文解字』、現在の漢和辞典のもとであり、Unicode 配列のモデルにもなった『康熙字典』などが検索できるサイト。

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中国語の心得がなくても、漢字で書かれているので、内容は分かる。

◎ 部 bu4
〈量〉
(1) 用于書籍、機器、電影等
則此一部開国史。――孫文《黄花岡七十二烈士事略・序》
(2) 又如:一部書, 両部機器, 三部電影

部的解釈|部的意思|漢典"部"字的詳細解釈

「〈量〉」とあるのは、量詞。すなわち、日本語でいう助数詞のこと。西暦 100 年に成立した『説文解字』、1716 年の『康煕字典』には、この用法は見当たらない。

詞語解釈
一部 yi1 bu4
表数量:(1) 書一種或一套。如:「一部二十五史」。 (2) 車一輌。如:「一部公共汽車」。 (3) 機器一台。如:「一部電脳」。

詞語"一部"的解釈 漢典 zdic.net

「一部」で検索すると、「書一套」(1 セットの書物)とある。

書物の助数詞の使い分け

書物や本の助数詞として思いつくだけでざっと、発行部数 1,000 部の「部」、全 10 冊の「冊」、上下巻の「巻」などがある。

「冊」は、竹簡を字義とする漢字。並べた竹簡(簡木)を左右に貫く「一」で表した糸でつなげているさまの象形文字。「巻」は、それを円筒状に丸めたもの。現代日本では、「冊」は「冊子」として、本の形のものをいい、「巻」は「巻子」として、巻き物のことをいう。

書物の歴史は、以下に詳しい。

また、「本」という単語もあるが、これは、細長いものを数えるときの助数詞以外にも、名詞としていくつかの意味をもつ。「本」以外で本に関係するものでは、接尾辞として『四庫全書副本』、『鳥獣戯画長尾本』、『アルスラーン戦記カッパ・ノベルズ本』(第 15 巻が今日発売ですね)のように、「○○バージョン」といった使われ方をする。

「部」は、「冊」や「巻」の代わりに用いることもできるが、組(セット)を表す助数詞でもある。たとえば、「『四庫全書』一部」は「『四庫全書』全 36,000 冊」、「『鳥獣人物戯画』一部」は「『鳥獣人物戯画』全四巻」である。

一組(セット)としての「一部」の用例

こうしてみると、同じ言葉でも、辞書、あるいは、字典によって書かれ方が違う。一冊の辞書に頼るのではなく、セカンドオピニオンを求めることも必要だということだ。

それは、用例にも同じことがいえる。多くのソースにあたり、その用法をみることが、意味を理解することにつながる。「一部」を「一組(セット)」を意味するものとして使った人がいて、その用法が広まり、辞書に収められるのだ。

辞書は帰納的に作られる。はじめに辞書があったわけではない。

そして、その多くは、インターネットにリソースがある。図書館だけでなく。

青空文庫

其後乾隆五十五年頃までに更に江南の三閣に一部づゝ四庫全書を傳へたり。

内藤湖南 文溯閣の四庫全書

世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸そぼくという点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫の譏そしりは免がれぬ。

夏目漱石 薤露行
噺本大系本文データベース

旦那よろこびて、一部八巻の御経をいたゞかさんと、仏壇を明ケけるに、

8巻 軽口福おかし

「始終」と「終始」

其之三につづく。最後。