めかりる

カエル、変える、買える、帰る、考える

民泊新法について。あるいは、いつのまにか隣の部屋が違法民泊に使われていた話

まず、規制緩和という考え方そのものについては、規制とその緩和はトレンドでやってきていずれ収束していけばいい、と考えていることをエクスキューズしておきます。私はゴリゴリの保守主義者ではない。

さて、はてブで話題 *1 の民泊新法についての記事。

3 ページにわたる長さなので、論点を摘まむ。

  • 政府は3月10日前後の閣議決定、今国会で民泊新法の成立を目指している。一般には「民泊解禁へ」と報じられているが、実態は、国内に根付きつつある民泊が後退しかねない
  • 一般人が自宅を旅行者に貸すとしても、「旅館業法」の順守が求められる。だが、インターネットやアプリを介して自宅を貸す「ホスト」の多くは、違法状態
  • 世界の多くの都市では、年間上限までは無届け・無許可で営業可能。民泊新法は一般人ホストからすると、世界の趨勢の逆をゆくガチガチの規制
  • 新法が施行しても、これでは結局、無届けの違法民泊物件が減らない、との指摘が民泊の現場から噴出
  • 主体となるべき経産省不在の政策議論で、ホテル・旅館業界と蜜月である国土交通省傘下の観光庁や厚生労働省が主導
  • 仲介業者を締め出すような規制は、外資の自由参入を認める WTO 協定に背いているという指摘もある

仲介業者に登録している違法状態のホストはすでに規制されるべき対象なので、この法案によって違法状態のホストをそれと知りながら登録している仲介業者が「締め出される」という指摘は、根本から間違っている。経産省云々の話ではないのだ。また、日本における民泊議論は、増加するインバウンドを既存の宿泊施設でさばききれなくなったところに端を発したはず。よって、観光庁が音頭を取っている。需要がなければ、議論が発生しないのだから。

このような基本的な事実を誤認している以外にも、この記事には見過ごせないおおきな問題が 3 つあるように思う。

  1. 民泊新法によって「民泊が後退しかねない」という認識
  2. 諸外国における民泊に関する制度を誤解させる内容であること
  3. 日本における違法民泊の実態の 1 つの例

1. 民泊新法によって「民泊が後退しかねない」という認識

「旅館業法」の範囲外での宿泊業務を行えるようにするのが、民泊新法だ。

この民泊新法について、一般には「民泊解禁へ」と報じられている。だが実態は解禁どころか、その逆。むしろ、国内に根付きつつある民泊が後退しかねない。

「民泊」解禁どころか後退へ、経産省の不作為:日経ビジネスオンライン

新法の成立によって後退するのであれば、ここでいう「国内に根付きつつある民泊」とは、まさに違法に他ならない。一般には、違法状態が「根付きつつある」ことへこそ危機感があるのではないか。

民泊新法は、蔓延した違法状態を追認するものでないだけであって、規制下において、旅館業法に縛られずに民泊を営めるようになる法案だ。

これを後退とよべるのか。

インターネット界隈で「根付きつつ」あった違法状態 2 例から

インターネット界隈では、この「根付きつつ」あった違法状態と、まったく同じ状況が昨年末に起きた。いわゆる「キュレーションサイト問題」がそれだ。

一因は、著作権をものともしない企業の姿勢だった。

「キュレーション」を標榜するサイトができたころから、著作権に対する言及や指摘は確実にあった。ユーザーにも企業の内部にもあった。ただ、経営側や制度設計者が聞く耳を持たなかっただけだ。このバブルに相乗りし、いくつかの企業がチキンレースを行った結果、医学というのっぴきならない虎の尾を踏んで、破裂した。

このとき、「キュレーションサイトは根付いているので、著作権を変えよう」という議論にはならなかった。

IT 等の新しい技術の発展によって、これまで違法とされていたものを合法に変える必要があることは多々ある。

検索エンジンは、ウェブサイト運営者の権利を損なわないという理由から、2009 年、「 著作権法 第四十七条の六」によって合法化された。

合法化するべきか、規制するべきか。是々非々は、まさに場合による。検索エンジンは是となり、「キュレーションサイト」は非となった。

民泊は、「民泊新法」によって、是とされようとしている。明らかに前進である。違法業者が大半といわれる民泊業界の視点から見た光景が違うからといって、無理筋で論点をずらすべきでない。

2. 諸外国における民泊に関する制度を誤解させる内容であること

記事では、「世界の趨勢」は、年間の上限はあるものの、そのほかは自由に簡単に民泊業を行うことができるのだ、のように読める。

例えば英ロンドンでは年間上限90日まで、米フィラデルフィアでは同90日、仏パリでは同120日までであれば、無届けで自由に自宅をゲストに貸すことができる。オーストラリアでは民泊を法律の適用除外とする法案が通り、一切の規制が排除された。ポルトガルでは届け出が必須だが上限規制などはなく、ゲスト向けのオンライン登録制度も極めて簡潔のため、物件数が急増しているという。

「民泊」解禁どころか後退へ、経産省の不作為:日経ビジネスオンライン

はたして。

世界の民泊関連規制の概要

2015 年 11/9 に行われた。内閣府「第21回地域活性化ワーキング・グループ」の資料が公開されている。

規制に関係する部分を以下に列挙する。

アメリカ
  • ニューヨーク州
    • 2011 年 5 月、不在中の自宅を短期賃貸(30 日未満)することを禁止

「2014 年 10 月、州の実態調査により、Airbnb に登録されている物件の 72% が違法なものであることが判明。取締強化の方針が打ち出された」ともある。

  • フィラデルフィア市(ペンシルべニア州)
    • 他の宿泊施設と同様、8.5% のホテル税を払わなければならない
    • 貸出期間が連続して 30 日以上となる場合、許可を受けなければならない
    • 1 年で合計 180 日以上の貸出をしてはならない

フィラデルフィアについて、記事内の記述と齟齬があるが、資料の誤りかもしれないし、この資料が 2015 年のものなので、その後変更されたのかもしれない。規制強化の方向に。フィラデルフィアって 2 個ないよね?

  • マイアミ市(フロリダ州)
    • 特定の地域での短期賃貸(1 日以上 6 か月未満)が禁止。合法的に短期賃貸を行うためにはライセンスの取得が必要
  • サンタモニカ市(カリフォルニア州)
    • 貸主は宿泊者がいる間、その住居で生活しなければならない(不在ホストの禁止)
    • ビジネスライセンスを登録しなければならない
    • 宿泊税 14% を徴収しなければならない
  • サンフランシスコ市(カリフォルニア州)
    • 居住者が不在中に自宅を短期賃貸する場合は、1 回につき 30 日未満かつ 1 つの物件に対して年間 90 日まで
    • 貸し手が物件に滞在する場合は、制限なし
    • 貸し手は市への登録(登録料 50 ドル)、宿泊税 14% の徴収、損害賠償保険への加入が義務
  • ポートランド市(オレゴン州)
    • 他の宿泊施設と同様、宿泊税を払うこと
    • 180 ドルの許可申請料を払うこと
    • 物件検査を受けること
    • 近隣に通知すること
イギリス
  • ロンドン市
    • 生活の本拠を置くかどうかに関わらず、当局の許可なしに年間 90 日まで物件の短期賃貸が可能

「住んでいる自宅を貸す人々の権利と、多くの人口が集中するロンドン市で住居の確保を保証する必要性との間で適切なバランスを図ったもの」とあり、数十日単位での賃貸を想起していると思われる。

フランス

2015 年に、用途地域を商業地に変更すれば、生活の本拠(貸主またはその配偶者が年間 8 か月以上居住している住宅)として使用している家やアパートは、当局の許可なしに短期賃貸が可能になっている。

  • パリ市
    • 1 年で 4 か月間以上を旅行客向けに貸し出す物件については届出義務を課す
    • 宿泊税の徴収・納税を義務

2015 年 5 月の旅行客向け違法賃貸の取締りで、観
光スポットとして有名なマレ地区を中心に約 2,000 件の物件を調査した結果、約 100 件の違法賃貸が発見されている。2014 年には 20 件が違法とみなされていたようなので、違法物件が 1 年で 5 倍に。

フランスの民泊に関しては、去年、次のような記事が話題になっている。

カナダ
  • バンクーバー州
    • ホテル事業者以外の者が、自宅等を短期(1 か月未満)で貸し出すことを法律で禁止
ドイツ
  • ベルリン市
    • 無届け、営利目的で繰り返し貸し出すことは「不正流用」として法律で禁止
  • ハンブルグ市
    • 生活の本拠を置く施設の短期賃貸を法律の適用除外に
オランダ
  • アムステルダム市
    • 生活の本拠を置く施設に限り、年間 60 日まで、1 日の宿泊者数は 4 人までの短期賃貸を規制適用除外
オーストラリア
  • ビクトリア州、クイーンズランド州
    • 全ての短期賃貸が規制適用除外

「世界の趨勢」とはなにか

ご覧のとおりだ。

同じドイツであっても、ベルリン市とハンブルグ市とで 180 度異なった政策だ。そして、大同小異はあっても、大勢はなんらかの規制がある。「許可申請料」や「宿泊税」といった項目も目立つ。「例えば 70 歳のおばあちゃんが亡くなった旦那の寝室を気軽に貸せるような制度(冒頭の日経ビジネスの記事から引用)」なんてところは、数えるほどだ。

そして、たびたび違法業者の締め出しや規制強化の議論が起きている。

「世界の趨勢」とはなにか。個々の地域性を勘案し、きちんと規制があって、違法業者には罰を、である。これが是々非々だ。

3. 日本における違法民泊の実態の 1 つの例

ちょっと検索すれば、多くの「民泊」指南サイトや「民泊」運営代行業者が出てくる。もはや「民泊」利権なるものが存在するようで、日経ビジネスのこの記事は、その代弁に過ぎない。なぜなら、現在の民泊における問題点がひとつも指摘されていないからだ。

ある日、隣の部屋が「民泊」になった

正確には、友人が借りていた賃貸マンションで。2、3 カ月単位で居候しながら、京都観光をしたり、だらだらしたりしていた一昨年末から去年前半にかけてのこと。細かな場所や時期は伏せます。ちなみに、管理会社には、同居人として届けてました。

帰宅すると、「この物件の〇〇号室、〇〇号室、(略。当時の空き部屋全部)でゲストハウスを始めます。ご迷惑をおかけしますが、問題があった場合には、こちらまで」と書かれた一枚の手書きの A5 程度のノートの切れ端が。「え。手書き?」とは思ったものの、1 階は、テナントとほかの部屋より大きな部屋とで構成されていて、中庭に面したその部屋がロビーやフロントになるんなら、ちょっとしたパブなんかができるのかしら、など思っていた。

うるさいはうるさいだろうけれど、ゲストハウスは海外旅行時によく利用していたので、暇なときは飲みにいってみるかな。京都で外国人と触れ合うなんて今風やんかー、と。

しかして、実態は、「ゲストハウス」に名を借りた、家主不在型の違法民泊だった。

当然、問題が起きる

結局、運営業者からの連絡は上記のメモ用紙一枚だけ。とにかくひどい運営だった。

まず、運営業者が家庭用のゴミ出し場にも関わらず曜日を気にせずごみを出すということに始まり、担当者の禁煙の共有スペースでの喫煙などの問題に始まり、オートロックだった物件にいきなり見知らぬ誰かがいる、部屋を間違えて呼び鈴を鳴らしたりドアノブを回して入ってこようとする、夜中に部屋で騒ぐ騒ぐ。台湾人の 4 人の中年女性が 8 帖程度の部屋に泊まったときは難儀した。

たまに、パスワードを忘れた(曰く、伝えられていない)ゲストが玄関先で右往左往。運営業者の電話番号が分からなければそれを伝え、ときには電話を貸してやり、「ホストに連絡を取りたいから、少し Wi-Fi を貸してくれ」といった対応までした。ほっとけばいいのかもしれないが、この外国人たちが悪いわけではないんだよね。

欧米系のゲストは、無邪気に、あるいは、無遠慮に話しかけてきて、こちらのつたない英語(当然、向こうは母国語のように話せる)にもめげず、「どこから来たの?」、「〇番バスは、どこどこからでるよ」、「良い旅を」なんて会話もする。一緒に角を突き合わせて地図を見て、あーだこーだ話し合ったり。

中国系アメリカ人の女性が大きな荷物を抱えていたところに行きかい、ポーターのまねごとをしたこともある。医療関係のシンポジウムに参加するために京都へ来たと言っていた。なにしろ、英語より中国語の方が理解できるので、このときは会話らしい会話になった。

それはそれで楽しい。

ゲストと仲良くなって撮らせてもらった民泊に使用されている部屋の写真がこちら。部屋の内装も完全にホテルのようになっていて、空き部屋を貸す、といった感じではなく、業として行っているようだ。幾人かに聞くと、一日の値段は、2 人で月の家賃の 5 分の 1 程度くらい。

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民泊サイトに掲載されたこの物件の写真。テイストは同じだ。後述の「許可施設一覧」にはもちろん載っていない。今見ると、当時なかった 3 泊以上という連泊制限がある模様。

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鍵の受け渡し方法には驚いた。個々の部屋は施錠されておらず、鍵は室内にあって、運営業者はゲストにオートロックのパスワードを教える、ゲストが部屋に行けば鍵が手に入るというものだった。付近の住人が外国人が困っているのを見かねて、代わって連絡することもあり、そこで運営代行業者からパスワードを聞き出したこともあった。マンション居住者以外がパスワードを知ることになれば、オートロックは完全に意味をなさなくなる。

誰かの善意を前提としたサービス設計は、まったく感心しない。

これらの問題点は、民泊代行業者に連絡して改善を求めた。も、明確な対応は約束せず、ゲストのせいと言い放ち、売り言葉に買い言葉とばかりに「違法でしょ?」と聞けば、「グレーだ。(大田区の民泊解禁に合わせて)合法化された」などうそぶく始末。

我慢の限界とばかり、賃貸物件の管理会社に電話した。ら、誰かが借り上げて「民泊」化しているのではなく、物件のオーナー企業が主体になって営んでいるのだと聞く。オーナーから止めさせるようにしてもらうことも叶わず。なにせ、その親玉だったのだ。

国内の観光を牽引する京都市を応援します

で、当該地区の区役所に連絡することに。ずばり、「違法民泊やってます」と。

京都市は、民泊について、きちんとした考え方を表明している。

例えば、以下のページには、「旅館業法に基づく許可施設一覧」があって、民泊開業に関する相談だけでなく、違法な施設に対する通報も受け付けているのだ。

担当者によると、この物件だけでも同様の連絡がいくつかあったようで、マークしている、とのこと。が、民泊サイトの個別物件のページになぜか区役所からアクセスできなかったり(国内からのアクセスを制限している例もあるとのこと)、消防との連携が必要になったりするため、対応が後手に回っているようだった。

お役所仕事であるから、素早い対応というのは不得意かもしれないが、実際に違法民泊摘発の実績もあり、担当者の認識もしっかりしている印象だった。

京都市は日本的な観光地を多く有し、外国人観光客に人気がある有数の都市だ。宿泊客だけ増えて、観光地の許容能力を超えるようでは、そもそも観光にならないわけで、そのバランスを見計らいながら、適切に対応していってほしい。

違法業者を代弁する意見には賛同できない

記事では、民泊新法によって義務付けられるホスト(住宅宿泊事業者)への規制を次のように報じている。既報のとおりで新しく目立った内容はない。

  • 都道府県知事への届け出
  • ゲストへの宿泊サービス提供の上限を年間 180 日以内
  • 外国語による説明
  • 宿泊者名簿の設置
  • 年間提供日数の定期報告
  • 標識(住宅宿泊事業者の届け出番号や氏名、連絡先などが書かれたステッカーのようなもの)を玄関などの見える場所に掲示すること

また、ホストとゲストを仲介する事業者に対しては、以下のようにある。

  • 観光庁長官への登録
  • 「信義・誠実に義務を処理」「不当な勧誘等の防止」といった適正な遂行のための措置

で、これらの規制は、「一般人のホストに対して過剰な負担を強いるもの」らしい。

届け出や登録は、むしろ、多くの都市が行っている規制だし、サービス日数の上限も然り。ゲストへの十分な説明や宿泊者名簿の設置、標識の提示などは、上述のような問題が起きている現状があるのだから、外すわけにはいかないだろう。権利関係者以外への対応も踏まえた、よくできた内容だとすら思う。

特に近隣住民、あるいは、集合住宅に居住する住人への周知をどのようにするのか、は欠けてはいけない。同じ地域、同じ場所に住むことになるのだから、これらの人々の安心安全を担保する必要があるのではないか。

検索エンジンと「キュレーションサイト」の 2 つの例は、どちらも多くのインターネットユーザーが関心を寄せた話題だった。ひるがえって、民泊議論。主なプレーヤーが、既存の観光業界と民泊業界とだけになっているように見えるのもいただけない。

先行者利益とその周辺で蠢く、例えば、「経産省の不作為」などとピント外れな記事を載せる日経ビジネスみたいな輩の言ばかりが響く。曰く、違法状態を合法化せよ、と。しかしながら、悪貨が良貨を駆逐するようでは、この議論は最適解を導けないのだ。

これまで規制されてきたものも、その緩和が必要な場面はたしかにある。それは、規制の完全な撤廃ではなく、新たな「規制」であるべきだ。民泊業界にとって、新法の規制が厳しいと感じる要因は、これまでの民泊業界のあり方によって、である。さらなる規制緩和が必要になるとしたら、それは民泊業界が正常化してからの話。

ところで、現在、違法民泊経営者の方々は、どんな名目で納税されているのでしょうかね。

*1:はてブで話題だった。旬は過ぎた感がある。話題をすぐにエントリーできる人はすごいなー