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鳥獣戯画さん、京博の開館 120 周年記念「国宝」展に参加せず

「国宝」が一堂に会するこの展覧会。かくも名高き『鳥獣人物戯画』が出品されないというのは、まことに残念なお知らせで。

これで、2014 年から毎年公開されていた鳥獣戯画を、今年は見ることができない可能性が高いようです。「国宝」展の会期が 10/3 から 11/26 とほぼ年末まであって、これに出てなくってよその展覧会に出るってことは、まさかないでしょう。

四大絵巻物とされる『源氏物語絵巻』、『信貴山縁起』、『伴大納言絵巻』、『鳥獣人物戯画』は、それぞれ国宝指定を受けていますが、このうち『伴大納言絵巻』も出品一覧に見当たりませんでした。

あ。速報と書きたかったのですが、出品一覧の公開は 9/5 だったので自重です。

というわけで、だいたいここまででタイトルを回収しちゃったのですが、あまりにもさみしいので、今回は「国宝」についてのはなしなど。

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鳥獣戯画が国宝になったのはいつか

「旧国宝」時代

今から120年前、「国宝」という言葉が産声をあげました。明治維新以降、国内の多くの宝物が破壊や盗難に遭い、中には海外に流出するものもありました。「国の宝を守り伝えなければならない。」人々が知恵を絞り、情熱を注ぎ、生まれた言葉。それが、「国宝」です。同じ年、京都国立博物館の前身である帝国京都博物館が開館しました。以来、文化財保護の拠点として、収集・保存・展示・研究を進めてきました。

2017年。「国宝」誕生と「京都国立博物館」誕生という、二つのメモリアルイヤーに、特別展覧会「国宝」を開催します。

特別展覧会「国宝」

「国宝」という言葉が法的に用いられた初めが、120 年前、明治 30 年( 1897 年)の「古社寺保存法」だそうで。その第四条に「社寺ノ建造物及宝物類ニシテ特ニ歴史ノ証徴又ハ美術ノ模範トナルヘキモノハ(略)特別保護建造物又ハ国宝ノ資格アルモノト定ムルコトヲ得」とあるのが初出のようです。

「古社寺保存法」では、建造物は「特別保護建築物」、それ以外の絵画彫刻工芸などの美術品が「国宝」でした。

鳥獣戯画は、明治 38 年( 1905 年)に、『紙本水墨戯画四巻』として、指定を受けています。*1

この法律の下では、「重要文化財」の概念はありません。

国宝の中の「国宝」へ

その後、「古社寺保存法」は、昭和 4 年( 1929 年)の「国宝保存法」を経て、現行の「文化財保護法」が昭和二十五年( 1950 年)に制定されます。

「国宝保存法」では、「古社寺保存法」によって古社寺所有の限定を解除したものです。つまり、誰のものであっても良いとするもの。また、「特別保護建築物」も「国宝」に組み込まれています。

文化財保護法は、それまで「国宝」(以後、「旧国宝」と表記)として扱っていたものを「重要文化財」に改め、さらにその中から「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定(第二十七条 2 項)」することになりました。「重要文化財」の一部が「国宝」に指定されるようになったわけです。

この 1950 年の文化財保護法の施行をもって、鳥獣戯画は旧法下での「旧国宝」から新法下での「重要文化財」に変わります。

第一次国宝指定は、翌 1951 年に行われましたが、鳥獣戯画は国宝に指定されていません。四大絵巻物では、『信貴山縁起』と『伴大納言絵巻』とが指定されています。また、このとき、あらたに重要文化財に指定されたものはありませんでした。

さらに翌年の 1952 年、『源氏物語絵巻』とともに、鳥獣戯画は『紙本墨画鳥獣人物戯画四巻』として国宝に指定されました。

国指定文化財等データベース にて、「鳥獣人物戯画」をクエリにして検索すると、詳細が表示されます。

「重文指定年月日」が空白のものは、少なくとも大正元年以前 *2 に「旧国宝」に指定されていたことを示します。

よく観光地にある「昔(昭和初期以前)は国宝でした」のような表記は誤解を生みやすいもので、「旧国宝」 = 「国宝」 + 「重要文化財」であって、当時の「国宝」と現在の「国宝」とはまったく同じ形式ではありません。現在の「国宝」とは、国宝の中の「国宝」なわけです。法的には、「旧国宝」は、「重要文化財」に読み替えられています。

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今回の「国宝」展に、宝物がいっぱいありそうな宮内庁管理の文化財が出品されていない理由

それは、「国宝」でないからです。ドーン。

2015 年末、松江城が「国宝」に指定されました。ところが、それまで文化財保護の対象でなかったかといえば、そうではなく。松江城は「旧国宝」でしたが、「文化財保護法」の施行後、「重要文化財」になっていました。その後の研究によって、あらたな知見が得られ、「国宝」に指定されることになりました。

このように「重要文化財」から「国宝」になる例は、多くあります。

なぜなら、ほとんどの文化財は、「文化財保護法」第二条 1 項において、「歴史上又は芸術上価値の高いもの(略)並びに考古資料及びその他の学術上価値の高い歴史資料」とあるように、歴史的な経過をもって、なんらかの指定を受けている場合がほとんどだからです。

しかし、まったくの無指定のものがいきなり「国宝」になった例があります。『正倉院』です。

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1997 年のユネスコの世界遺産登録に合わせての「国宝」指定でしたが、それまで「重要文化財」ですらありません。

正倉院は 皇室用財産の一連の文化財であって、「宮内庁による十分な「管理」が行われている」との宮内庁見解にもとづき、文化財保護法による指定の対象外 であったものを、世界遺産登録の条件である、「所在国の法律によって保護の対象」であることをクリアするための指定でした。

つまり、正倉院を除いた、宮内庁の各部局が管理する皇室用財産の一連の文化財は、いまだに「文化財保護法」による指定を受けていないわけです。おそらくは「国宝」指定を受けていない国宝級文化財が数知れず。

せっかくの「国宝」展。ここに来れば日本の粋を一望できるぞ!、と早合点するわけにはいかないだけのお宝がまだまだあるようです。

なにはともあれ、鳥獣戯画の不出品にえらく驚いたここ数日でした。

秘すれば花

とは言うものの。

某陵を「皇室のブラックボックス」と称した大学の先生がいました。「あの中を研究させてくれれば、空白の四世紀が埋まるかもしれないのに」みたいなぼやきを聞いたことがあって。非公開が公開される日は来るんでしょうかねぇ。

鳥獣戯画についてのエントリー

ほかにも鳥獣戯画について書いてます。

*1:『日本絵巻物全集 第 3 巻 鳥獣戯画』、角川書店、1959 の谷信一先生による解説を参照。ウェブ上で確認できるものがなかったので。

*2:「大正二年」のものはいくつか確認できたが、それより前の日時のものを探せなかったため