国宝『鳥獣人物戯画』全 4 巻の 2019 年の出展については、このブログですでにエントリー済ですが、海の向こうアメリカでも鳥獣戯画断簡が出展される展覧会が開かれるようですよ。
米国ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートは、1988年の「大名美術展」以来、約10年ごとに大型の日本美術展を開催しており、2019年には「日本美術に見る動物の姿」展(5月5日~7月28日)を開く。
[略]
当初は日本にある作品だけで組み立てる構想だったが、アメリカにも『鳥獣人物戯画(部分)』(個人蔵)など国宝・重要文化財級の作品が所蔵されており、日米両国で作品を集めることになった。結果的に国内外約100か所から作品を借用する大がかりな企画となった。
2019年 米国で「日本美術に見る動物の姿」展 – 美術展ナビ|アート・エキシビション・ジャパン
というわけで、このエントリーは、上記引用の「『鳥獣人物戯画(部分)』(個人蔵)」についてのエントリーです。
「高松家旧蔵断簡」とは
「『鳥獣人物戯画(部分)』(個人蔵)」とありますが、上の画像や同じニュース引用元の画像を見て、「いやいや、こんな場面は鳥獣戯画にないぞ」と思われた方も多いかもしれません。はたして、この「(部分)」とは、現存『鳥獣人物戯画』本編にはない、現代に伝わる過程で抜け落ちた「断簡」とよばれる部分です。
つまり、過去の『鳥獣人物戯画』の一部なわけです。そのため、この断簡は国宝指定されていません。日本で知られている『鳥獣人物戯画』に含まれていないためです。
『鳥獣人物戯画』の断簡は、これまでに 5 種が知られています。そのうちの 1 種がアメリカにあり、それが今回出品される「(部分)」です。
以後、この画像の断簡を先例にならって「高松家旧蔵断簡」とします。
「高松家旧蔵断簡」のここ最近の出品実績
国内では、修理の前後で 2 度の出品が確認できます。
- 2007 年、開館記念特別展 鳥獣戯画がやってきた! ―国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌― サントリー美術館
- 2015 年、東京国立博物館 - 展示 日本の考古・特別展(平成館) 特別展「鳥獣戯画─京都 高山寺の至宝─」
国内にないということもあって、なかなかのレアものです。
「高松家旧蔵断簡」の所有者と寄託先
「(個人蔵)」とありますが、ニュース引用元の画像のキャプションから、現在の所有者は、Robin Bradley Martin 氏であることがわかります。寄託先はブルックリン美術館です。
以前の所有者は、元テニスプレイヤーで有名な Alastair Bradley Martin 氏でした。
私は、今回のニュースで 2010 年の Alastair B. Martin 氏の死去に伴った所有者の移動を確認することができました。美術品が行方不明になるのはだいたいこんなタイミングなので、ご子息が引き継いでいたことが分かって一安心です。よかったよかった。
「高松家旧蔵断簡」の欠失と場面の接続について
上野憲示氏は、「『鳥獣人物戯画』の復元と観照」( 1977 年) において、甲巻第 1 紙から第 10 紙までの下辺の欠失と梅澤記念館蔵「住吉家伝来模本」とを根拠として、現存する甲巻が少なくとも欠失(損傷)のある巻とない巻の 2 巻以上に分かれていたことを提起されています。
「住吉家伝来模本」については、下記リンク先で解説しています。
「住吉家伝来模本」は、現存『鳥獣人物戯画』甲巻にない競馬、蹴鞠、舟遊びの 3 場面で成っています。甲巻の断簡 4 種のうち下辺に欠失のある断簡は 3 種あり、「住吉家伝来模本」に登場する順にそれぞれ「益田家旧蔵断簡」、R・B・マーチン氏蔵「高松家旧蔵断簡」、「MIHO MUSEUM 蔵断簡 ( 酒井抱一旧蔵 ) 」といいます。これらに、現存甲巻の第 1 紙から第 10 紙を繋げ、欠失がある巻が構成されています。
ここでいう欠失とは、下辺に規則的に表れる損傷したことによって生じる空白の部分であり、「高松家旧蔵断簡」には 4 つが確認できます。その間隔は、「住吉家伝来模本」に現れる場面に従って狭くなっており、欠失が巻かれた状態で生じたものであることが推定されています。「住吉家伝来模本」では、「高松家旧蔵断簡」は、連続しない 3 紙を継いでいる「益田家旧蔵断簡」の間に表れますので、欠失の間隔と矛盾しません。
また、「高松家旧蔵断簡」は、紙継ぎがなく横 54.0cm の料紙 1 枚に描かれています。『鳥獣戯画 修理から見えてきた世界』( 2016 年)においても、「住吉家伝来模本」を踏まえ、下記 3 点が確認されています。
- 透過光の観察により、甲巻第一紙から第十紙までの紙繊維と同様の特徴
- 甲巻前半の料紙の長さとほぼ同じ
- 下辺に認められる連続した欠失の大きさと形状は、甲巻前半と MIHO MUSEUM 蔵断簡 ( 酒井抱一旧蔵 ) の下辺の連続した欠失と比較した結果、続く可能性がうかがえる
鳥獣戯画の失われた物語
前述のとおり、「住吉家伝来模本」には、現存甲巻にない、競馬、蹴鞠、舟遊びの場面があります。
特に競馬は、馬役の動物を連れてくるところから始まり、パドック、ウサギとのレース中にいやがらせをするサル、馬役の鹿が乗り手のサルを落として逃げる様子までが描かれている物語性の豊富な部分です。
今回の R・B・マーチン氏蔵「高松家旧蔵断簡」は、このオチにあたる乗り手のサルから逃げる馬役の鹿が描かれている部分です。
というわけで、鳥獣戯画から失われた物語の結末は、今、アメリカにあるんです。
エンディングシーンを見にワシントン DC へ。どなたか私の代わりに見てきていただけませんかねぇ。
参考文献
- 小山茂美編、『日本絵巻大成 6 鳥獣人物戯画』、中央公論社、1977 年
- 上野憲示、「『鳥獣人物戯画』の復元と観照」、(同上掲載)
- 『鳥獣戯画がやってきた!』 (サントリー美術館、読売新聞社、2007 年)
- 高山寺監修、京都国立博物館編、『鳥獣戯画 修理から見えてきた世界』、勉誠出版、2016 年
鳥獣戯画 2019 年の出品予定展
ほかにも鳥獣戯画について書いてますので、暇つぶしに。
それでは、鳥獣戯画ファンのみなさま、2019 年もよいお年を。